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801.4

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暫くその場に立っていた。

部屋に微かに苦しげで泣きそうな吐息。


ああ、こいつは感情を正確に表現できないんだった。

狭い世界で過ごしているから無くなる事には敏感だ。


ラウドの世界の中心は自分なのだ。


「気がつかないとでも思ったか?」


ぎゅっと力を入れてつぶった目じりににじんだ涙を拭いてやった。


と、突然拒むように腕を突き出してきた。

しかし、それほど衝撃はない。

ラウド本人も何をしたのかわからず混乱しているようで、目を見開いて固まっている。

ただ、無意識なのか自分の服をしっかりと握り締めて離さない。




寂しくて、居なくなるのが怖くて。



そんな声がしたような気がする。

気がつけば肩を掴んで、押し倒していた。

必然的に見下ろす形になる。


「俺はお前の傍から離れないし、お前を置いていかない」


だから心配するな。と、頭を抱きかかえるようにして撫でながら言った。

ゆっくりと服を掴んでいた手の力が抜けていく。


「…ほんと、に?」


泣きそうなかすれた声で問いかけてくる。


「ああ、最期まで傍に居る」








落ち着くまで暫く肩や背中を撫でていた。

かなり長い時間そうしていたような気がする。

いつの間にか、腰に腕をまわされて離さないように抱きつかれていた。


その手を、体温を妙に意識する。

気づかれないように押さえてはいるが、正直耐えられる自信は無かった。


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823.3

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「反対、制御がきかないに一票」

「…そこまで話がわからないやつではないと思うが」


飛び込むまでは決まったが、ここにきてからひと悶着が起こる。

何を隠そうラウドの扱い。

忍び込むまでの時間稼ぎに暴れてもらおうかと思ったが、どうもリュートの事しか聞かないフシもある。


「騒ぎを屋敷の敷地内で収められるなら戦力だけど…暴走したら救出どころの話じゃなくなります」

「暴走する前に助け出せばいいだけの話だろ、後はリュートに任せれば収まる」


お互い一歩も譲らず。

万が一のこともあるが、位置を掴んでいる分ステルスで姿を消せるこちらが有利でもある。

そんな二人に割って入ったのは…


「本人に聞けば一番いいであろう?話が解らぬ相手でもあるまい」


パンドラだ、思ったより分析していたらしい。


「今までの行動から考えて、ラウドが言うことを聞くのはリュートしかいないと思ったのだが、最近変わったの」

「変わったかしら?荒れてたけどそれが落ち着いたくらいにしか見えないんだけど」

「そういえばこの前の満月以降から比較的おとなしいな」

「そのもっと前からだ、攻撃の仕方が変わってきた辺りからかの?」


攻撃の仕方…ものすごく思い当たる。たしかに教えた。


「気にかけてる事が伝わったのではないか?」

「いや…同じ匂いを嗅ぎ取ったんだろ」

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799.1

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手が届かない。

いるのがわかっているのに…!

何もできない自分が無力だ……っ





自分の叫んだ声で目を覚ます。

ひどい悪夢だった。

自分の大切なものが無くなる感覚。


リュートがいなくなる。


考えるのを避けていた事をふいに思い出す。

息が苦しい。

頭ががんがんと痛い。


なんでこんなに苦しいのかそれすらも解らない。

こんなに苦しいのに…コンナニ…



誰にも届くわけが無いのに手を伸ばした……

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772

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「反応はいいけど、受身だな。反撃型なのか」


その気はないと思っていた。

しかし、さんざん攻撃を受け流した相手の言葉だ、そういう戦い方が染み付いたのだろう。


「勢いはいいから、そのまま一瞬で近づいて一撃が出せればなぁ…こんな風に」


言い終わらないうちに一瞬で間合いを詰められ、軽くわき腹に拳を当てられる。


「今のは寸止めしたから何も無いが、良くて気絶、悪くて内臓にダメージ与えて吹っ飛ばせる」


これが実戦なら命は無いということか。

つくづく細かいところを的確に突いてくる。


「あともう一つ、斬るだけじゃなくて突くのも覚えろ」

「突くのは今までもやっている」

「あー…気づいてないと思うが、うまく飛び込んできても斬りつけてくるから避けるスキが出てくるんだ」


言われてみれば、軽く動いて確認すると殆どが斬る動きだった。

突く動きがまったくと言っていいほど無かった。

そんなところまで見ていたのか…

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943.4

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鳴り止まない拍手とともに、どこからともなくコインが投げ込まれる。

予想しないわけではなかったので、スフィアを手招きしてすこしスカートを貸してもらい集めてもらう。


「お嬢ちゃんこっちも」

「はーい」


ぱたぱたと愛らしく集めて回るスフィア。

見物客へお礼も忘れてはいない。

ふと思ったことはひとまず頭の片隅に追いやった。


「枚数をきちんと数えてから、半分に分けてくれないか?」

「うん、やってみる」


楽器を片付けながら様子を見守る。

すこし多いようで、ユイに手伝ってもらいながらも何とか数えきったようだ。



「というわけで先に戻るから、あの二人に渡しておいてくれ」

「ちょいとお兄さん、なんで私に頼むかしら」

「…あまり顔を覚えられたくないんだよ、あと受け取りを断られても困るしな」


断る時に居なければ受け取らざるおえないからな。

今までも何回かやっている。

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なんてコイツは無防備なんだと時々思う。


「ぐー…Zzz」


人を抱きこんで、夢の中か。

危機感のないやつめ。

今の噂はもっぱら各地で頻発している殺人事件なのにな。


この前の二人組はまだ逃がしたままだ。

隠れ家のあるこの街で、待ち受けてやりあうつもりでいる。

仕返しをしてやらないと腹の虫が収まらない。

…コイツに危害が及ぶのも忍びないしな。


直接、肌からの温もりが伝わってくる。

その温もりに引きずられるように目を閉じた。


ああ…寝ても醒めても悪夢だ…

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予想外の頼まれごと。

それは…



「…子供ってどうやって扱えばいい?」


お兄さん、ぶっちゃけ慣れです。実学です。

まぁ、今までの調べでリュートは普通の育ち方してないので知らないのも当然か。


「何を考えているのかさっぱり解らん…」

「あのくらいの子供なら、興味があると何でもついて行っちゃうから目は離さないほうがいいわよ」

「むぅ…」


よっぽど慣れてないのか、ストレスになっているようだ。

…クーはストレスにならないのね。


「あとは、怪我しない程度に見守るのとマナーを教えるってくらいかしら」

「…めんどくさいな」

「あまり怒らないのもコツね。根気が必要よ~」


いい隠れ蓑ができてよかったじゃない、と囁くと苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ま、夜に出かけるときはあの子の面倒くらい見てあげてもいいわよ」


そのつもりで質問してきたんでしょうがと少々意地悪な笑みで返してみた。

リュートがパンドラのことを子供と勘違いするのも無理はナイ。

こっちも大義名分ができて、常時張りつけるなと算段をめぐらせていた。

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0.84

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訓練を終えて休むためだけの部屋に戻される。

明かりが一つしかなく、窓も無い暗い部屋。

だから少しでも空気がヘンなことに気がつく。


「だれかいる?」

「シッ」


鍵を掛けられたドアの死角にしゃがんでいる人影。

足音が遠ざかるとほっとしたようだった。

口元に当てている指がやけに細い。

自分の手と比べても細い。


「…え……あの師匠、何考えてんだ」


こっちも見えた顔に驚いた。

大人達はすべて顔を隠しているため、あまり記憶に残らない。

シアイでやるときも顔を隠してやるから個々としての感覚が薄い。


もしかしたら初めて人の顔を見たかもしれない。


「だれ?」

「お前こそ、いつからココにいた」

「しらない。ここしか知らない」

「…そうか」


かすかに上の階の足音が急ぎ足が増えたように感じられる。

迷い込んだ人は何かにおびえたように俯いてしまった。


「どうしてここにいるの?」

「…イヤになったから隠れてる…」


そういえば大人達が言っていた、「ここからは逃げられない」と。


「…解っている…わかっているんだよ!!」


拳を床に叩きつけて叫んだ後、何か頬を水のようなものが伝っていった。

ふっと興味が沸いて指先を伸ばしてすくい取り、舐めてみる。


「しょっぱい…水かと思った」

「…お前」

「いつもは短剣で刺すと赤い水しかでてこないんだけどなぁ」


ふつふつと疑問が湧き上がって押さえきれなくなる。

どうやったらしょっぱい水が出てくるのだろう。


「なんでだろう?」


気がつけば相手の首に手をかけ、締め上げていた。

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754

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「少しくらいなら相手してやってもいいぞ」



どこにも吐き出せない思いをそのまま攻撃に乗せて。

しかし洒落にならないスピードで返される。


何度繰り返しただろうか?


半分以上赤くなったセカイで二人っきりでの一方的な殺し合い。

何度返されても収まりがつかなくて、また感情のまま襲い掛かって。


「癇癪を起こした子供…いや、認められたいだけの子供って感じだ」


今度は短剣を持った手をつかまれ、勢い良く叩きつけられる。

予想以上の衝撃に息ができない。


「ぐっ……げほっ…っ!」

「気が済んだか?」


呼吸が落ち着くと、荒れていた気持ちが無くなっていた。

溜まっていたものが消えてしまったようだった。


「お前の攻撃、思ったよりパターンが単純で避けやすかったぞ」

「…そっちこそ、勝てる気がしない」


強い、間違いなく強い。

フェイト相手に太刀打ちできないとは思わなかった。


「ただの経験の差だ」


起こそうと手を差し伸べてくる相手。

その手を取って起き上がるフリをする。

油断しているところを起き上がったときの勢いだけで刺すつもりだった。


ふわりと足が浮く感覚。


「ま、俺の場合は力の差も間違いなくあるから気をつけろよ」


片腕で空中に投げ出されたと気がついたときには、もう遅い。

体勢が立て直せず、また容赦なく叩きつけられた。

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804

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落ち着いてみると、やはり周りが見えてくるものだ。

そうすると前とは違うものが見えてくる。



たとえば、今やりあっていた暗殺者と術士は明らかに自分達を狙っていた事。

4人いたのだが、一人逃がしたのでラウドを追わせている。


「火消しに動いてるのか、邪魔なのか…両方かもしれないな」



たとえば、ユイとフェイトが予想以上に使える存在だったこと。

今も人払いの術をかけて人の目を完全に避けている。

その他にも子守や怪我の治療など小さなことから、逃走経路の確保まで何でもやってのける。

ただ油断していると、ユイに弱みを握られてしまうのが怖いところだ…



一番目に付いた変化はラウドの戦い方だ。

受身型の攻撃が一変していた。

素早く、鋭い一撃が相手を一瞬で倒した時は戦慄が走った。

それと同時に頼もしくも感じた。



少し、自分が弱くなったのかと錯覚するくらいに。

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347.4

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「舞え、舞い狂え」


次の瞬間、衝撃に続いて激痛が走り視界が歪む。


何が起こったか解らなかった。

暴走したラウドに真横に吹き飛ばされ、おもいっきり塀に叩きつけられたのだ。

まさかこんなことになるとは思うはずがない、油断した証拠だ。


「っぐ…何が原因だ…」


普段から術でラウドに枷をつけて押さえつけている。

その「枷」を外すのに失敗して暴走したとしか考えられない。

しかしその枷は自分が掛けたものだ、外すのに失敗する理由が無いし、考えられない。



「なーにやってんのよリュート」

「お前らか…」


割り込むように降り立つ二つの影。

いつも余計なちょっかいを掛けてくる二人組か。


「一大事だったら二択」

「俺のモノにキズつけたら承知しない…!」

「りょーかい♪」


軽い返事だったが、目が笑っていない。

その証拠に、きらりと月光を跳ね返した糸は一瞬でラウドの動きを止めた。


「ん~フェイト、やっぱり腕掴んで止めちゃって」

「月唯…すこしは踏ん張れよ」

「リュート~、ぼーっとしてないで早くやっちゃいなさい」


はっ、と我に返ると完全にラウドの動きは封じられていた。

ラウドの力は自分がよく知っている。

それを一分少々で鮮やかに止めたこの二人の力量は計り知れない。



こいつら一体何者だ?

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823.2

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「ちょっとお兄さん、おつかい頼まれてくんない?」


本に偽装させた端末を弄っていた月唯に声を掛けられる。

最近、リュートが出かける間の子守中はいつも弄っているのだ。


「買い物だったら自分で行けよ…」

「残念ながら、お買い物ではありませんのよ」


手招きされて覗き込んだ端末には注意のアラートが点滅していた。

戦闘任務の作戦に使うフィールドマップを応用して、買い物に出たリュートを追いかけていたらしい。


「…いつのまに仕掛けた?」

「行水中にこっそりとマントに仕込みました」


そういえば、「野暮用だ」と言って出かけてかれこれ一時間半は過ぎた。


「30分前からぴたりと動かないのよねぇ…列ならじりじり動くはずなのに」

「だから行って来いと」

「そーゆうこと」




ステルスをかけてから窓を飛び出す。

やはり市場のような混雑した場所で探す場合は上から探した方がいい。

しかし、月唯から指定された所は市場から離れた場所だった。


「何があると言われれば…公園、民家、宗教施設…人気無いな」

『うーわー、やられた。絶対捕まってる、見た目より抜けてるから』

「まだそうと決まったわけじゃないだろ、近くまでナビしろ」


文句を言いながら反応がある場所まで屋根伝いに飛んでいく。

反応が一番近くなったところで足を止めた。


「そこそこ広い…商人系の家か」

『フェイト、その家の高さどのくらい?』

「二階建てだ、5mって所だろう」

『…なんで10mも…地下室かぁ』


外から見ても手伝い以外の気配はない。

ただ、屋根から玄関を覗き込むと人の出入りはひっきりなしに続いている。


「くさいな、やっぱり」

『理由は何にしろ、飛び込みますか』

「今の時間は人が多すぎて騒ぎになる、深夜か朝方だな」

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最後は首をかき切ったため、まともに血を浴びた。

しかし臭いには慣れてしまい、べたべたとした感触が不快だ。

ふらりと最後の部屋を出て、疲労に耐えかねて膝をつく。


「お疲れさま」


目の前に誰か立ったのはいいが、瞼が重く沈んでくる。


「疲れたろ、眠っていいよ…二・三日な」


そう言われて、耳元を何か掠めると急に睡魔に襲われる。

極度の疲労で抵抗できる気力も無く、そのまま意識が沈んでいった。

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369.2

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冷たい手が頭を押さえている。



眠っている頭でもはっきり判る。


その、冷たい手が頭の中に直接入ってくる感触。

気持ち悪くて振り払おうとしても、できなくて。



鏡写しの自分


境界線のごとく深い谷


がくりと崩れ落ちる足元と落下する浮遊感


後ろから誰かに抱きつかれ、呼ばれる声


生暖かい感触



何か舞台や影絵を見ている感じだ。

何度も繰り返し見せられて、冷たい手は離れていった。

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943.3

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聞こえるのは鈴と水の音だけ。


張り詰めた空気で激しい歌と踊りのぶつかり合い。

周りの見物客が息を潜めて成り行きを見守る。


決着は唐突に訪れた。


ぶつっという音と同時に押さえた弦に手応えが無くなる。

一瞬後に切れた弦が左頬を掠めた。


「っ!…」


急に歌が止み、あたりは噴水の音と鈴の余韻だけになる。


「悪い、弦が切れてしまった」

「残念ね、もう少し楽しみたかったわ」


歌と踊りの終焉で、辺りの空気から緊張感が一気に抜ける。

そうするとどこからともなく拍手が起こった。

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冷静になってみると…まずいことをした。

極力、ラウドの前では見せないようにしていたのだが。


「っは…」


頭から冷たい水を被り、気分を鎮めようとする。

しかし、そんなことで治まるものでは無くなっていた。

気を抜くとふいっと意識を持っていかれる。


「おい、風邪引くぞ」


声がして、またぼーっとしていたことに気がつく。

相手の顔が満月の陰になりよく見えない。


「おい、聞こえているのか?」

「え、ああ…」


満月というものは狂わせる力があるというが…本当なのだろうか。

銀髪の相手は視線が自分に向いてないことに気がつき、振り返って満月を見上げる。


「…すっかり忘れてたな」

「何を…」

「こっちの話。お前の不調の原因に心当たりがあるだけ」


急に風が吹き、濡れた体から体温が急激に奪われる。

それと同時に一気に思考が覚めた。


「………頼むから、ある程度の不調は言ってくんねぇかな」


普段の態度から想像できないルビーの輝き。


「こっちは仕事なんでな」


熱が一気に収まり、酔いが醒める感覚。

それとほぼ同時に風が止む。


「治まっ…た?!」

「いや、応急処置だ。短くて二時間くらいしか持たない」


例えるならバケツの容量を一時的に増やしただけだとフェイトは軽く説明した。


濡れた髪はそのままで宿へ戻る。

当然表も裏も開いてないので、窓から進入する。


「ったく…少しは考えろ」

「先が残り少ないヤツに言って何になる」

「誰が後先の事と言った」


何を言いたいのか分かっている。


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347.75

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ちょーっと刺激が強かっ、た。


「~~~っ」


フェイトに後を任せ…というより押し付けて、屋根の上でひとしきり悶える。

緊急事態でやむをえないのは分かっている。

わかってはいるのだが…


「あう~…」


どうも待ち時間に読んだ本が原因でなかなか頭から離れない。

頭をぽかぽかたたいてみても、一向に離れず。


「うわーん、離れてよ~う」


頭が切り替わるまで、しばし時間を要したのは言うまでもない。


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452

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自警団はまったく相手にならなかった。

素人の集団に暗殺者を倒せるような力量があるわけがない。


「なんで?」


不思議に思う。

相手はがむしゃらにつっこんでくるだけ。

試しに浅く切りつけると、必死に抵抗してくる。

いつものように急所を一撃で仕留めると、悔しげな表情だ。


わからない。



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349

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手応えが浅い。

それでも狙いは正確に思ったとおりの軌跡を描く。


「…変?」


ひゅっという軽い音。

踏み込みが甘く入る。

普段なら体にずんっと衝撃が走るぐらいの勢いがある。


「よくも俺のモノに手を出したな」


相手と対峙しているリュートと背中を合わせる。

思ったより相手が多い。

見える範囲でざっと15人、気配からするともう少し多いかもしれない。


「ここをどういう場だと思っている!」


ほぼ全員、僧兵に扮した傭兵か暗殺者か。

何にしろ油断なら無い。

こっちも隙を見せないよう気配を張り詰める。


「お前達にとっては神聖な場だろうが、こっちには隠れ家にしか見えないね」



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999.3

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前は居住棟であった場所は外部からの進入もなくそのままだった。


「盗人も入るような場所ではないか…」


白骨と埃が時間を物語る。

あまり感慨のある場所ではない。

むしろ静かに抉られる。


未だに整理はつかない。

二人で受けた行為も。

二人で行った行為も。



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